大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪地方裁判所 昭和35年(ワ)2764号 判決

原告

李静恵

右法定代理人後見人

李鐘徳

右訴訟代理人

山野厳

井上洋一

被告

大同生命保険相互会社

右訴訟代理人弁護士

大月伸

勝野昇

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は「被告は原告に対し、金五〇万円およびこれに対する昭和三四年七月一四日から完済に至るまで年六分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決および仮執行の宣言を求め、請求原因として、

一、被告と訴外金石斗里は、昭和三二年三月四日、被告は同日以後昭和五二年三月三日以前において被保険者金石斗里が死亡したときは保険金五〇万円を保険金受取人李満雨に支払うこと、金石斗里は右期間中毎年三月四日に保険料を被告に支払うこと等とする生命保険契約を締結した。

二、而して、金石斗里は昭和三四年七月一三日に死亡し、同人に続いて李満雨もまた同日死亡した。原告は李満雨の子であり、同人の唯一の相続人である。そこでまず、保険金受取人李満雨が被保険者金石斗里の死亡により、右保険金請求権を取得し、次いで李満雨の死亡によつて原告が右請求権を相続によつて取得した。

三、よつて、原告は、被告に対し、右保険金五〇万円およびこれに対する金石斗里死亡の翌日である昭和三四年七月一四日から支払ずみに至るまで年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。

と述べた。

被告訴訟代理人は、主文同旨の判決を求め、答弁および抗弁として、

請求原因事実はすべて認める。しかし李満雨は金石斗里を殺害したものであるから、商法第六八〇条第一項第二号によつて被告に保険金支払の義務はない。

と述べた。

原告訴訟代理人は右抗弁に対し、

抗弁事実は認める。しかし李満雨が金石斗里を殺害したのは同人の嘱託にもとずいてなしたか、ないしは同人の自殺を幇助したにすぎないもので、しかも李満雨は金石斗里を殺害するや、つづいて自殺したのであつて右殺害に際して保険金取得の意図など全くなかつたものであるから、商法第六八〇条第一項第二号はその適用を排除されるものである。

なお、右のような場合は金石斗里は自殺したのと同視されて同項第一号に該当すると解すべきところ、被告会社はその新種養老保険普通保険約款第一三条第一号において、第一回保険料を払込んでから二年以上経過した場合は商法第六八〇条第一項第一号にかかわらず保険金を支払う旨約しており、金石斗里の死亡は第一回の保険料払込みから二年四月経過した後であるから被告は保険金支払義務を免れ得ない。

と述べた。

被告訴訟代理人は原告の右主張に対し、嘱託殺ないしは自殺幇助であることを否認すると述べた。

証拠≪省略≫

理由

被告が訴外金石斗里と原告主張のような保険契約を締結したこと、昭和三四年七月一三日に金石斗里が死亡し、同日続いて訴外李満雨も死亡したこと、金石斗里は李満雨によつて殺害されたものであることについては当事者間に争いがない。

原告は李満雨の行為は嘱託殺人ないし自殺のほう助であり、かつ右行為に際し保険金のことなど全く念頭になかつたのであるから、同人の右殺害行為については商法第六八〇条第一項第二号の適用を排除すべきであると主張するのでこの点を判断する。嘱託殺人ないし自殺のほう助は通常の殺人と異なり、行為者が被害者本人の死亡の意思にもとずいて死の結果を発生せしめ、ないしその発生を容易ならしめるものであるところ、同号は「保険金額を受取るべきものが故意にて被保険者を死に致したるとき」と規定し、過失殺を除外する趣旨は右規定上疑いを容れないにかかわらず、嘱託殺ないし自殺ほう助を除外する趣旨は明文上あらわれていない。もつともその立法趣旨を考えると、同号が生命保険制度によつて、保険金取得を意図した殺人が誘発されるのを防止する趣旨もふくむと解すべきところ、この趣旨からすれば、嘱託殺ないし自殺ほう助については保険金取得が犯行の誘因となることはまれであると考えられるからこれらを同号の適用から除外していいように考えられないわけではない。しかしなお犯行を誘発する危険性が皆無とはいえず、しかも同号の立法趣旨は以上につきるものではなく、それはまた、本来その発生が偶然であるべき保険事故を、保険金受取人が故意に発生させながら、右事故の発生を原因として保険金を請求しうるものとすることは、射倖契約たる保険契約の本質に反するから、これを認めないものとする趣旨をも含むものと解すべきところ、この趣旨からするときは、被害者本人の意思にもとずくか否か、又保険金取得の意図を有するか否かに関係なくいやしくも死の結果を予見しつつそれを発生せしめ、ないしその発生を容易ならしめた者が、その死の結果の発生を原因として保険金を請求することは、到底これを是認し得ないものという他ない。したがつて同号が嘱託殺ないし自殺ほう助をその適用から除外しているものとは到底解し得ないから原告の右主張はその前提たる法解釈においてすでに失当である。従つて進んで判断するまでもなく主張自体失当であつて採用の限りでない。

なお、原告は上記普通保険約款第一三条第一項に基く主張をするが、右主張事実は本来被告が抗弁として商法第六八〇条第一項第一号の事由を主張した場合にそれに対して主張すべきものであるところ、本訴では被告が同号の事由の主張をしていないのだからそれを前提とした原告の主張事実には特に判断を加える要を見ない。もし原告が右約款条項をもつて商法第六八〇条第一項第二号をも制限するものと解しているものとすれば、それは独自の見解というほかなく採用の限りでない。してみると結局被告は商法第六八〇条第一項第二号によつて保険金支払の義務を負わないものというべく、原告の請求は理由がないからこれを棄却するものとし、訴訟費用については民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。(裁判長裁判官小林謙助 裁判官大和勇美 清水信之)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例